【妄想官能物語】背徳の甘い罠 1-3 約束の夜

第一話「再燃する記憶」

第三章「約束の夜」


冷たい雨が、静かにアスファルトを濡らしていた。

バーを出た後、私は傘を持っていないことに気づいた。ぽつぽつと滴る雨粒が、頬を滑り落ちる。

「……送るよ。」

背後から聞こえた翔の声に、私は振り返った。

「大丈夫、駅までそんなに遠くないし……」

「いや、傘がないだろ?」

彼はさりげなくスーツの内ポケットから折りたたみ傘を取り出し、開くと、自然な動作で私の肩をその下に招き入れた。

――近い。

彼の香りが鼻先をくすぐる。懐かしい、けれど少し違う、大人びた香り。

私たちは、まるで恋人同士のように肩を寄せ合いながら、雨の中を歩き出した。

「どこに住んでるんだ?」

「都内のマンション……夫と二人で。」

「……そっか。」

彼の声がわずかに低くなる。

「翔は?」

「俺は独り暮らし。まあ、気楽だけどな。」

「そう……」

言葉を紡ぐたびに、会話の合間に漂う沈黙が重くなっていく。

「……ほんとに、幸せか?」

また、その質問。

私は歩みを止めて、翔の顔をじっと見た。

「翔は、何が聞きたいの?」

「お前の本音。」

「本音なんて……」

「嘘は、つくなよ。」

雨音が静かに響く中、彼の手がそっと私の指先に触れた。ほんの一瞬、触れただけなのに、そこから全身に電流が走るようだった。

「……帰らなきゃ。」

私がそう言うと、翔はふっと微笑んだ。

「じゃあ、最後にもう一杯だけ。時間があるなら。」

「……」

一度は首を振ろうとした。でも、私はその誘いを拒めなかった。

翔と過ごす時間が、あまりにも心地よくて。

「……最後に、ね。」

私たちは、駅近くのホテルのラウンジへ入った。

本当なら、ここを選んだ時点で気づくべきだった。
これが「最後の一杯」なんかでは終わらないことに。

グラスを重ねるたび、翔の視線が、言葉よりも雄弁に私を求めていることがわかった。

「……俺、お前のこと、ずっと忘れられなかった。」

彼の低い声が、耳元に直接届くような錯覚を覚えた。

「そんなこと……言わないで。」

「嘘はつかないって決めたんだ。」

「私、もう……結婚してるの。」

「知ってる。でも、それでも今、ここにいる。」

彼の指が、そっと私の頬に触れた。

――ダメ。

そう思った瞬間には、私の背中はソファに押し付けられ、唇が塞がれていた。

唇が触れた瞬間、全身が震えた。

翔の唇は、昔と変わらない。いや、あの頃よりもずっと熱く、深く、私の中を溶かしていく。

「ん……っ……」

抗おうとする気持ちは、すぐに霧散した。

彼の舌が私の唇をこじ開けると、深く絡み合うようなキスが始まる。

「……ずっと、こうしたかった。」

彼の囁きが、喉の奥まで染み込む。

身体が熱い。呼吸が苦しい。

「由梨……」

名前を呼ばれるたびに、心が溶けていく。

翔の手が私の太腿をなぞり、スカートの裾が少しずつ捲られる。

――ここで止めなきゃ。

頭ではわかっているのに、私の指は彼のシャツのボタンを外していた。

「……ホテルに行こうか。」

「……っ」

その言葉に、一瞬だけ正気を取り戻す。

「……ダメ。これ以上は……」

「今さら?」

「……私は……」

拒絶の言葉を探す。でも、それを言葉にするには、あまりにも翔の手が優しくて、熱くて……。

翔は私の顎を軽く持ち上げ、もう一度、深くキスをした。

「……逃げないで。」

その言葉に、私は堕ちた。

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