【妄想官能物語】夜の狭間で

密やかに交わる、二人だけの時間。理性と欲望の境界線を揺らぎながら、夜は深く沈んでいく。
第1章「火が灯る」
カクテルグラスの氷が、静かに溶けていく。
都心のホテルラウンジ。間接照明の下、ワイングラスを傾ける男女の影が点々と散らばる。低く響くジャズの音に溶け込むように、私たちは向かい合っていた。
「……こんな時間まで付き合わせて、ごめんね」
彼はそう言って、氷の溶けかけたグラスを指でなぞった。その仕草に、わずかに視線が吸い寄せられる。
「謝るなら、最初から誘わなければよかったのに」
挑むように言うと、彼は小さく笑った。
「そうだね。でも……君も断らなかった」
その通りだった。
10歳以上年上の彼。職場の上司でもなければ、直属の関係でもない。ただ、仕事の会食で何度か顔を合わせ、言葉を交わすうちに、どこか惹かれるものがあった。
穏やかで、でも時々見せる鋭い視線。誰にでも優しげに笑うのに、その奥にある本音は誰にも見せない。
「そんなに睨まないで。怖いな」
「睨んでなんかない」
カラン、と氷が揺れる。
彼の指先がふと私の手に触れた。熱を帯びたガラス越しに伝わる体温。ほんの一瞬だったのに、その感触が妙に鮮明に残る。
「……そろそろ、行こうか」
小さく頷いた。
この後どうなるのか、なんて、もう考えなくてもわかっていた。
第2章「背徳の温度」
ホテルの部屋に入った瞬間、背後でドアが静かに閉まる音がした。
「……逃げるなら、今のうちだよ」
彼はそう言ったけれど、その目は私の答えを知っているようだった。
「……逃げない」
呟いた瞬間、腕を引かれた。
背中が壁に押し付けられる。次の瞬間、唇が塞がれた。
「んっ……」
思ったよりも強引で、でもどこか優しさが滲むキス。戸惑う間もなく、彼の舌が入り込んでくる。絡め取られるたびに、体の奥から熱がじわじわとせり上がる。
「こんなに熱いくせに……強がるんだな」
囁く声が耳元をくすぐる。
何も言えなかった。
スーツのボタンが外される音。彼の指先が、私のワンピースの肩紐をそっと下ろす。露わになった肌に、舌が触れた瞬間、思わず指が彼の腕を掴んだ。
「……やっぱり、怖い?」
「ちが……う……」
怖いんじゃない。だけど、知らなかった。こんなふうに触れられるだけで、体が震えるなんて。
「……なら、もう何も考えなくていいよ」
低く囁く声とともに、彼の手がゆっくりと滑り込んできた。
第3章「溶け合う闇」
絡み合う熱。
シーツの上、肌と肌が触れ合うたび、思考が溶けていく。彼の指が、唇が、まるで私の奥を確かめるように這っていく。
「は……っ、ん……」
喉の奥から漏れる声を、彼の唇が塞いだ。
「……かわいいな」
くすりと笑いながら、私の髪を指で梳く。
くやしい。そんなふうに余裕を見せるなんて。
「……ばか」
そう言って、意地悪く彼の首元に噛みついた。
すると、彼の呼吸がわずかに乱れる。
「……っ、そんなことすると、止まらなくなるよ」
低く警告するような声。けれど、もう止まるつもりなんてなかった。
「……いいよ、止めなくて」
そう囁いた瞬間、彼の腕がきつく私を抱き寄せた。
波のように押し寄せる快楽。何度も求め合うたび、どこまで溺れても足りないと感じた。
――夜が、終わらなければいいのに。
そんなことを思いながら、私は彼に身を委ねた。
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